魔王様に捧げる20のお題

9.執着、あるいは希望
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「…予言者。じゃと?」

冷たく、威圧的な視線が迷うかの様に揺らいだ。

「はい…。ジール王国の過去も未来も、全てを見通す事ができます」

「それは真か…?」

疑わしげにジールが俺を見た。

「貴様、偽りを言えばただでは済まないぞ!」

…ダルトンと言ったか?

確か、女王の側近。

祭事等の取り決めも任されていた。

「偽り等、申しておりませんが」

「未来を見通す?そんな事出来るわけ…」

「まあ、良い」

ジールがひらひらと手を振った。

「城への滞在を許可しよう。部屋を用意させる。…功績次第で位を与えてやってもいい。…わらわの為に尽力するのだな」

「…有難うございます」

俺は立ち上がり、女王の間を後にした。

…ラヴォスに近付く機会は、海底神殿完成の時しかないだろう。

その為にはジールの信頼を得る事が一番手早い。

俺は、奴を母親だとは思わない。

人の躯を持った…悪魔だ。

殺す事に躊躇いは…無い。

女王の間を出て、用意させられた部屋へ戻ろうとしていた時。

「アルファド!どうしたの?」

声が耳に届いた途端、無意識に身体が硬直した。

足に、柔らかい物が纏わり付く。

足音が俺の後ろで止まった。

「…誰?」

ゆっくりと振り返る。

立っていたのは、自分だった。

ジャキと呼ばれていた頃の。

「聞いてる?」

俺は、淡々と答えた。

「私は予言者だ」

「予言者?名前は無いの?」

名前。

…考えた事など無かったな。

魔王と呼ばれていたあの時代も、予言者と名乗っている今も。

必要すら、無い。

今の俺は魔王であり、偽りの予言者なのだから。

「名前は…無い」

ジャキは一瞬考え込む様に目を伏せた。

「珍しいね。……予言者って事は…女王の手伝い?」

ジャキの目が鋭くなる。

だが、目の奥にはジールとラヴォスに対する恐怖が垣間見える。

「…ああ」

「…そうなんだ。やっぱりラヴォスに関係あるの?」

「まぁ、そのような物だ」

ついつい幼き自分を凝視してしまう。

…これ程までに、無垢だったのか。

あの頃の自分は。

「…何、見てるの?」

「いや…」

大袈裟に目を逸らす。

先程から足元にじゃれついていたアルファドを持ち上げる。

「うにゃあっ」

手足をばたつかせ、嬉しそうに見えた。

ジャキが頬を膨らませる。

「…なんでアルファドが懐いてるの?」

「…」

黙ってアルファドをジャキに渡す。

「何故、だろうな…」

フ、と笑みを浮かべる。

笑顔が引き攣る。

まるで笑い方を忘れたように。

…最後に自然に笑ったのは、遠い昔だ。

ふと、ある人の事が気になった。

「…サラは、海底神殿を手伝っている…のだろう?」

ジャキについ、声をかけてしまった。

ジャキが振り返る。

「なんで知ってるの?…まあ、みんな知ってるけどね。それとも予言の力?」

「そのような物だ」

ジャキがじっと俺の目を見つめた。

何かを探るような目。

「…ふぅん。じゃあ母様の未来を視てよ」

唐突に投げ掛けられた質問に戸惑いつつ理由を尋ねる。

「…それを知って、どうしたい」

「別に…ただあいつの行く末を知りたかっただけ」

答えるつもりは無かった。

しかし、吐き捨てるように言うジャキに、つい、言葉が漏れた。

「…狂ってゆくだけだ」

刃の一瞬の煌めきのような、細く、鋭利な声。

「え?何?」

…あまりに小さな声だったので聞き取れなかったようだ。

俺は我に返り、解らない、と言い直した。

ジャキは納得していないようだったが、俺はローブをはためかせ、幼き自分に背を向けた。

…前を見据えた俺の前に、サラの姿はあった。

余りにも唐突に、余りにも自然に。

そこに存在していた。

身体が震えた。

此処に来た時から、何時かは会うと思っていた。

会いたい。この思いを自分でも解らない程に封じ込めていたのに。

今、目の前に、居る。

「姉上っ!」

ジャキがサラの元に駆け寄った。

「あら、ジャキ。…そちらの方は…?」

視線が交わりそうになり、フードを深く被る。

「えっと…『予言者』だって。未来を視れるんだって」

「まあ、未来を?そんな事が?」

驚いたようにその双眸が見開かれた。

自分の真紅の瞳を、一瞬だけ、捨てたいと思った。

尖った耳を隠したいと。

何故だ?

「予言者…さん?と、お呼びすれば?」

「…ああ」

「何時から此処に?」

「暫く前に」

「宮殿内でもフードをお取りにならないのですか?」

「…癖だ」

話していて…今なら解る。

サラの魔力は、絶大だ。

俺と同じ?それ以上?

俺より小さいという事は無い。

まさか、魔族の力を得た所為で俺は力を失ったか?

そうではないと、祈りたい。

それとも、ただサラの魔力が大きすぎるだけか…?

その時、アルファドが急に駆け出した。

「アルファド!?」

ジャキが後を追いかける。

二人の間を沈黙が流れる。

…不意に、サラがよろけた。

無意識の内に手を伸ばし、身体を支える。

「ごめんなさい…少し具合が悪くて」

「…顔色が良くない。暫く休めばどうなんだ?」

サラは静かに頭を振った。

「休む訳にはいきません。私は……」

サラはぐっと言葉を飲み込んで、フラリと立ち上がる。

「……貴女程の力が有れば…変える事も、可能だと言うのに」

そう呟くと、サラは儚げに微笑んだ。

「それでも、私は……ごめんなさい」

何故、サラは一歩を踏み出さないのだろう。

…サラが、やらないと言うのなら。

「…やらないと言うのなら、俺は無理強いしない。…俺がやる」

最後の言葉は吹き抜けた風に掻き消された。

「え…?」

サラが聞き返してきたが、俺はサラに背を向け、その場を去った。

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